にほんごぱーく NIHONGO PARK

日本語の教え方・授業アイデア・日本語教師の戯れ…(^o^)

適度な語彙コントロールができること

「未習語彙を使わないで教える」「未習語彙を使うと指摘される」などと言われる話を目にします。世の中、いろいろな考え方の人がいるので、未習語彙の使用なんて許さない人もいれば、未習語彙をどんどん使えばいいと言う人もいて、たぶん議論は永遠に終わらないと思っています。

わたしは未習語彙の使用の是非というよりは、「学習者のために語彙コントロールができる」ことが大切だと思っています。

( 'ω' )教科書では未習だとしても、自分で語彙力アップしている人もいるので、教師が「未習」としばる必要がどこまであるのか…。結局、学習者の語彙力次第でしょう。

※ここでは、メインの教科書において、学習済みの語彙を「既習」、学習していない語彙を「未習」とします。かなり狭い意味です。

「未習語彙を使わない」という指示を止めた理由

昔、とある先生が「初級日本語(みん日)では未習語彙を使わないでください」と他の先生方に言おうとしたことがありました。わたしは絶対反発が起こると思って止めました。そもそも自分が反発したいと思ったからなんですけどね(笑)

未習語彙を使わないというのは不自然な気がしました。現実世界でも未習語彙に出会うことのほうが多いです。教室の中でも未習語彙に出会ったほうが自然ですし、そういうとき(言葉がわからないとき)、理解するためにどう解決するか(例:調べる、教師に質問する…)を身に着けたほうが後々のためになります。

「未習語彙を使わない」という指示を出したい理由もわかる

妥協案として、「大事なポイントを説明するときは、わかることばを使う」ぐらいにしたほうがいいと提案しました。なぜそうしたか。語彙コントロールができない(うまくない)人もいるからです。

知らない言葉を多用されたり、それで説明されたりしたら、学習者はどう感じるでしょうか。

(ぜんぜんわからん…) ( ゚д゚)( ゚д゚)( ゚д゚)

教師が配慮しないことによって不利益を被るのは学習者です。それを回避するために未習語彙に制限をかけようとした点では、とある先生が指示したかった理由もわかります。

教師が意識して語彙コントロールしないと、ポカーンの状況に陥ったりして自分で自分の首を締める可能性もあります。とある先生は教師自身に意識してほしかったのかもしれませんね。

知りたい語彙・今必要な語彙を提供する

例えば、授業で食べ物の話題が出れば、もう未習語彙なんて言っている場合ではありません!(笑)「あれはなんて言うんですか。知りたい…教えてください!」というその知識欲や知的好奇心を満たすために、語彙を提供することは非常に自然です。

ここで「カレーライス」「サンドイッチ」しか出さないなんてありえませんよね。

おそらく、未習語彙もどんどん使うという人はこういう状況を想定しているのだと思います。こういう「今知りたい!」「今必要だ!」という言葉は当然あるので、それは別に提供して支障はないと思います。

ここまでくると、「試験にその語は出るのか」ということをほかの教師や学習者から問われたりもします。「出るから覚える」「出ないから覚えない」と言われているようで、こちらとしてはやるせないです…(´・ω・`)そこは臨機応変に対応してください(笑)試験で何を問うか、よく考えるしかありません。

語彙コントロールの訓練の第一歩

未習・既習で括るのは、教師として語彙コントロールができるようになる訓練のためなのではないでしょうか。

「学習者が知らない言葉を使うことで、混乱を招く」ことは想像できても、いざやってみると、学習者がどこまでわかって、どこまでわからないか、素人にはわからないものです。その取っ掛かりとして、「担当する前の課までの語彙は知っている(=既習)、それ以降のものは知らない(=未習)」と分けるのがわかりやすいでしょう。

それは目安でしかなく、覚えることやフル活用することにあまり意味はないと思います。教科書が変わったら、また全部覚えるんでしょうか。実際そこまで厳密なことはしないし、そんな余裕はありません。この訓練を経て、経験を積むことによって、そのうち「この言葉はこの人なら通じる・通じない」となんとなくアタリがつけられるようになれば、万々歳です。(^o^)

おまけ

既習・未習と言えそうなのは、あくまでゼロ~初級です。範囲が限定的ですから、ある程度は教科書で調べようがあります。ただ、JLPTの単語の本なども出回っていますし、学習アプリも大量にあり、動画などからのインプットも豊富で、語彙量は人によって、今後どんどん差がつきそうですね。( ̄▽ ̄)

初級でもそんな状況なので、中級・上級に至っては、使っている教科書も多種多様となり、調べる術も広がり、既習・未習なんて言っている場合ではありません。まして、「文脈から推測しましょう」という流れに進むので、もう知らないことがあるのは当たり前になります。現実世界もそんなもんです。